being qua being

情報的な何かと政治的な何か

ジェームズ・ダモア氏はなぜ解雇されたのか?

ジェンダーの問題は非常に論じにくい。
男性からの主張は男性に偏っているように取られがちであるし、
逆に女性からの主張は女性に偏っていると取られがちである。

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男女の能力を見て平等に判断するとしても、それぞれ得意な能力は異なっている。
それは科学的、ここでは統計的に男女の能力について語ることはできても、
それぞれの人間によって得意不得意があるのは当然であるが故に、例外を持ち出すこともまた容易である。


つまり、「男は○○で、女は○○だ。」という主張は科学的に根拠があるといえるものも有るが、
結局のことろはその主張を受け取る人がどう感じるのかまで考慮しなければならない問題で、
科学的に根拠があることと、その人間が当てはまるかどうかは別問題である。


平均は統計的に特定できたとしても、実際にはその平均値にあてはまる人間より、
そうでない人間のほうが多いにも関わらず、平均こそがその属性の代表となってしまうことがあるように、
性差による違いはあくまでその性別の一部を表しているに過ぎない。


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米グーグルは、多様性確保のための社内制度や雇用慣習を否定する社内文書を書いた従業員を解雇した。同社のスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は、「攻撃的な」文書が「危険な性別のステレオタイプ」を推進したと話した。

仕事をしていると女性のほうが適性がある仕事もあると思うこともしばしばある。
しかし、それは必ずしも全ての女性に当てはまるわけではないこともまた事実である。


上級職を目指す場合に求められる素質は男性・女性共に変わらないと思われるが、
女性は男性の目からはわからない女性ならではの悩みや社会的観念に縛られていることも少なくない。


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道徳的選好や世界がどうなっているか、どうあるべきかについての考え方は誰にでもあると思う。そうした考え方に異論を唱えられるのは苦痛となる可能性がある。そのため、われわれは異なる価値観を持つ人々を避け、同じ価値観を共有できる人々と一緒に行動する傾向にある。

科学の都合のいい部分を根拠として使うのは差別主義者の常套手段だが、
やはりその根拠は統計的に捉えた性別の違いによる能力の違いの一部を示しているに過ぎない。


彼の主張はGoogleの文化とはなじまなかったが、
彼のような主張を繰り返す人間は多くない上に、普通の人でも潜在的に持っていることも多い。


電通の過労死事件を見ればわかるように、男性中心の職場においては女性はマイノリティーであり続ける。
エンジニアのような男性が多い職場においては女性のエンジニア適正の有無よりも、
相談する相手がいなかったり、社会的疎外感を感じることもまたその職場を避ける一つの要因になりうる。


ダイバーシティについての議論を深めるためとして、ジェームズ・ダモア氏は自身の主張の正当化を図っているが、それにしてはあまりに突拍子もない主張であるように思う。
Google内に存在しているリベラルな空気が嫌なのであればそうでない会社に行くべきであるし、
自身の解雇についてジェームズ・ダモア氏はGoogleが「率直な議論を封じ込め」ていると主張しているが、それは自らが属する会社の同僚に向かってするべきことではないだろう。