being qua being

情報的な何かと政治的な何か

中国で芽吹きつつあった市民社会が衰退の危機に面している

中国の習近平(シーチンピン)指導部が、海外から支援を受ける非政府組織(NGO)の活動実態を調べるよう地方政府に指示したことが分かった。民主主義や人権など欧米式の「普遍的価値」の広がりへの危機感が理由とみられる。胡錦濤(フーチンタオ)前指導部が始めた社会改革が失速する可能性もある。

[中国、海外系NGO調査 習政権指示 欧米の価値、拡大危惧:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/DA3S11204568.html]

この動きは中国の今後の動向に大きなインパクトを与えると考えている。

元々中国ではNGOような団体は認可制で厳しく統制されている。中国には政府公認のNGOというのが存在している。この許可を得ることは難しく多くのNGO団体が違法状態で草の根的に活動している。

欧米の大規模なNGO団体は90年代から中国に資金を投入してNGO活動を支援しているが、この存在自体も法律上は非常に曖昧で、団体によってはNGO団体としての登録ではなく、比較的登録しやすい会社法人としての登記で活動している団体も多い。

中国では法輪功などの宗教はもちろんのことあらゆる活動目的をもつ結社に対する自由は与えられていない。しかし、これまで草の根的に活動していたNGO団体が黙認されてきたのは、90年代から環境問題などが深刻化しており、地域に根付きながら活動を行う環境NGO団体の力を借りることで、この問題に取り組もうという政府の了解があったからである。

今回の動きの問題点を改めて考えてみよう。朝日新聞の記事には次のように書かれている。

胡前国家主席は2011年2月、社会の不満を解消するため、NGOを育てることで細やかな社会サービスを広げる改革を提唱。習指導部はこれを受け継ぐ形で、NGOの登記の簡便化などの改革も始めていた。

[中国、海外系NGO調査 習政権指示 欧米の価値、拡大危惧:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/DA3S11204568.html]

これまで、草の根的に活動してきたNGO団体の登録を簡易なものにすることは、単にNGO団体の存在を認め、推進するという意味合いを持つだけではない。

政府にとっては草の根的に見えないところで活動されるよりも、簡単でも登録してもらうことで政府の目の届くところで、市民の生活を向上させる活動をやってくれるなら、それは政府の方針とも合致するし、万々歳だからである。

特に環境問題に関しては政府も深刻に捉えており、胡錦濤国家主席のこうした意向は主に、環境問題へ取り組むNGOの活動をより容易にすることで中国全土で国民の力を使って、環境問題を克服していきたいという思惑から来ていた。

しかし、ここに来てこうした市民の力を活用する流れが変化しつつある。

草の根的に活動してる中国のNGO団体は、認可を取ることができず、その資金源も極めて貧弱であることから海外のNGO団体からの支援に依存している傾向がある。

元々、NGOと言えど中国国内では同性愛支援や少数民族問題など国民の考え方や国家体制の根本に触れる問題に関しては取り組むことが難しい。

しかし欧米のNGOは人権団体を基盤としているものも多くこうした人権問題への関心が高い。

今回の習近平国家主席の動きはこうした欧米NGOの理念が、中国本来の価値観や国家の根本を揺るがしかねないという判断から来ている。

当然そうした海外からの支援を受けている中国のNGO団体は、資金の出し手である海外のNGO団体にこのような問題に取り組むことを求められるため、習近平国家主席の意向とは相反する場面が増えているのである。

こうした動きに釘をさしたのが今回のニュースである。

欧米NGO資金が中国国内に回らなくなれば、連鎖的に中国で活動しているNGO団体の活動は縮小せざるを得ない。つまりこの引き締めが徹底的に行われれば、中国の市民社会活動は確実に縮小するのである。

NGOの管理を強化することによって、さらに政府が伏せたい問題に関する市民の動きは確実に阻害される。これはつまり社会問題の解決よりも、政府の理念やコントロールを優先するという動きである。

これまでの中国はきわめてスローペースながらも、確実にその改革を推進し、国内で吹き出す問題を克服するためにさまざまな対策を取ってきた。

このまま漸進的に発展することが望まれる中国の市民社会に今、黒い雲が掛かろうとしている。