being qua being

情報的な何かと政治的な何か

日本は中国と如何にして向き合えば良いのか

今回の尖閣騒動を通して日本人全員が認識して欲しいことが一つだけあるとしたらそれは、尖閣問題は単なる領土問題ではない」ということであろう。

私は今年の8月に中国に来て実際に大使館前で行われたデモを目の当たりにした。その後も中国人や他のアジア諸国の人と議論してこれを強く感じざるをえなかった。そして日本人が考えるほど「法的交渉」というツールが、こと東アジアの国際関係においては有効なものではないと感じている。

「国際社会に判断してもらうためにICJで裁判をすればいい」、「日中間で交渉して資源の共同開発から始めればいい」こういった解決策を期待している人は多いだろう。

しかしながらこれらはどちらも現実的ではない。国際社会の交渉や規範が紛争を解決できるほど有効ではない。成長に陰りが見える日本と高い成長を続ける中国のパワーバランスを考えれば、今後も日本に譲歩を求めてくるということはほぼ確実といえる。


「しかし解決しなければ日本も不利だ。ある程度の妥協はしょうがない」という意見もあるだろう。私も実は数日前までこう考えていた。しかし、そのことを韓国人に話したら「その考え方が理解できない」と呆れられた。領土問題での妥協は国際世論からみれば完全なる敗北にしか見られないのである。

韓国は竹島を死んでも譲らないという考えが国中に広まっている。そもそも親日自体が法律によって禁止されているのだ。しかしそれは韓国人が狂信的に竹島を自国領であると信じているというだけでなく、日本のものであるという可能性が有ることを知ってはいるが、絶対に譲ることができない問題なのである。

竹島共同利用論で解任 言論の自由ない韓国+(1/2ページ) - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121101/kor12110119360006-n1.htm


先日もこうした発言をした学者が解任され、さらに世論の袋叩きに合っている。こうした傾向は情報コントロールを続ける中国に関しても同じである。もちろんこうした冷静な意見を持つ人もいる。

しかしながらそうした人物が国家に影響を与えるのは難しい。日本人はここまでなぜ過激化してしまうのか理解できない。 彼らがここまでして日本に対して強い態度を示すのは、

「私たちは日本の帝国主義の被害者であり、日本は(日本国民は)責任を負わなくてはならない」

と考えているからである。だからこそ交渉においては日本側が譲歩することが当たり前なのである。琉球処分も含めて今の日本の形は過去の歴史の上に成り立っている。敗戦によって日本は連合国に解体されたが、これは当時の冷戦下においてアメリカ主導に行われたものであり、共産主義への防壁として日本はその役割を担わされた。この時点で日本の戦後処分に関われなかった中国は、アメリカが主導した現在まで続く日本の政治システムそのものを攻撃する。

尖閣危機 「石原都知事が引き金」は思うツボ 反日デモは戦前から WEDGE11月号特集 WEDGE Infinity(ウェッジ)
http://bit.ly/TBudyK

今回の問題も石原都知事が引き起こしたということが日本だけでなく、世界中の統一見解とされている。しかしながら、単に石原都知事の極右思想に基づいて突発的に生まれたものであるとは言いがたい。かれのこうした過激な論調が生まれるに至った歴史的背景を明示する必要がある。ここは冷静に、時間をかけてこの問題を落ち着かせる必要がある。

かつての侵略国という以上、何を日本が言おうと単なる自己弁護であると思われるのは当然である。ここでつまらない挑発に乗って説得力のない資料を上げたり、安易な交渉入りを決定してはならない。

こういった時に日本に不利な国際世論が蔓延してしまうのはかつての日本の外交の失敗である。日本のイメージを上げるための活動をせずに経済力のみを背景に世界を渡り歩いてきた一種の理想主義の産物である。


今年、日本は変わらなければならない。それは決して侵略戦争の美化や国粋主義を含むものではない。その場しのぎでは無い付き合いが必要だ。戦後70年経って初めてアジアの国家として世界と向き合わなくてはならない時が来ている。軍事と経済という二大パワーのうち日本が持っていた経済力を失えば当然に国力は低下する。

こうした中で日本は親日国を増やす努力をしなければならないし、それは当然アジアの諸国だけでなく世界中に増やさなくては、中国や韓国の徹底的な日本攻撃を防ぐことはできなくなる。日本の国際的な信用力低下は、金融面での信用のみならず、日本人という信用すら失いかねないのである。