being qua being

情報的な何かと政治的な何か

わたしの予備校時代のよもやま話

予備校に通っていた時代の話です。
それはそれは生徒に恐れられている恐いと評判の日本史の先生がおりまして、当時、東大を目指していたわたしもその受業を受けていたわけです。
(偏差値45のくせにドラゴン桜に影響されたか東大行くと豪語していました)

日本史の先生は私の通っていた校舎にはその先生しか来ていなかったような気がします。
だから恐いながらもしかたなく受講していました。

先生の何が恐いのかというと、何が恐いのか分かりませんが、体から発しているものが恐いのです。
「なんか近寄らないほうがいいかも」と思ってしまうようなオーラが出ています。

しかし、ただ恐いだけの先生ではなくて、実はかわいい子供の父親でもあり授業中にたびたびその話をするのです。
そしてたまに笑いばなしのようなおはなしをするのですが、こちらは緊張しているので、実際あまり笑えないけど、笑わないのも失礼だし、すこし顔がひきつりながらも笑う努力をしていたような記憶があります。


その受業スタイルは独特で、ものすごい量の知識が書きこまれたプリントを授業中にものすごい勢いで覚えていくのです。
そして授業中に歩きまわって範囲の問題を答えさせるのです。
もちろん背景知識や図による解説もありますが、必要最小限であり、とにかく覚えるのです。

先生は回答できないということはつまり覚える気が無いと見なしていました。
なのでものすごい緊張感のなかみんな必死で覚えていました。
熱心な受講生はほぼ完璧にその場で覚えていましたし、過去にやった範囲もしっかり回答していました。

予備校といっても現役生だけの予備校でしたので、同じ高校から来た仲の良いグループで集まって居たりして、かれらはとてもよく出来る人達でした。(見た目はチャラ男でしたが)
同じ高校の人が一人もいなかったわたしは前の方に座って、私なりに一生懸命覚えていたのですが、あまりの緊張で慌ててしまいなかなか覚えられませんでした。
だから、いつも当てられないように祈りながら受講していました。


私が唯一、覚えている、当てられた瞬間があります。
いつものように前の方に座って、祈っていると、(見た目はあえて堂々としていましたが)とおり過ぎたと思った瞬間!もどってきて「ハイ。」と当てられました。
しかも、質問された問題の回答が頭の中から一文字もわきません。

この授業で答えられないことがあると、なんとも言えない惨めさを感じるのです。
というのもやる気が無い生徒だとみなされると先生の機嫌が悪くなり、自分だけではなくて教室全体がさらに緊張するのです。
連帯責任ではないのですが、なにかそういう雰囲気がありました。
おまけにあまりにも答えられないと連続で問題を出されたり、愛のムチがバシバシ飛んできます。


そこで話は戻りますが、私は当てられてとても焦りました。
必死で考えようと、唸りながら、搾り出そうとしました。
それでも、出てこないものは出てきません。
ただなにか少しでも良いので思い出そうとしました。

すると、いつもであれば違う問題を出してくるか、
後ろの人に同じ問題を出すのですが、突然先生が「思い出そうとする姿勢がいいねぇー」と言いました。
少なくともそんな感じのことを言っていたと思います。
そして「正解は○○」と教えてくれました。

僕はそんなふうに生徒に言うところを今まで一度も見たことがありませんでした。
「実はものすごい優しい先生」という話は風のたよりに聞いたことはありましたが、そうとは思えないほど、怖かったのです。
答えられなかったらすごく怒られるし、惨めな思いをすると思っていました。
だからその時は本当に驚きました。


努力というのは普通目に見えません。
このときは私の焦りからくる大げさな表情や態度が、そう感じさせたのでしょうが、暗記が苦手だった私はその時、初めて「頑張る」ことを評価されました。
普通「頑張った」ということは結果にならなければ評価されません。
試験であれば合格したか否かが頑張った評価です。

答えることができたわけでもないわたしを、こうやって評価してくれたことに感謝しました。


結局、1年間日本史を受講し終えたのですが、数学が破壊的にできなかったわたしは、東大をやめて、私立文系に変更しました。
同時に得意だった政治経済での受験を決めて、日本史はやめてしまったのですが、なぜかその時の記憶はずっと残っています。

日本史は決して苦手科目ではありませんでした。
ただわたしには受業のスタイルが合わなかったのでしょう。
プレッシャーというのは良いように働くときもありますが悪いように働くことも多いはずです。


素直に暗記が得意な人はどんどん覚えていけますが、わたしはそうではありませんでした。
たまたまわたしは政治経済が好きでよく点数も取れましたが、好きか嫌いかを決めてしまうのはあまりよくないと思います。

興味からしか覚えられないタイプと、必要なことは暗記ですべて覚えられるタイプ
受験には後者のほうが適しています。
わたしは完全に前者であり、その分とても苦労しています。
自発的に興味を持たなければ何時まで経っても苦手なままであり続けるからです。


だからといって自発的に積極的に行動を取るタイプでもありません。
それでもどうにかやっているのは、周りの人のおかげだと思っています。
同じように受験に苦労している人がいると思いますが、決心してなにか人と繋がる場所に飛び込んでみてください。
ブログにコメントをするだけでも立派なアクションです。
なんでも良いのでもやもやしたものをぶっちゃけるといいと思います。


結局何が言いたいのかというと、わたしもこんなことがあったなと振り返ることで、受験生を応援したかったのですが、なんだかよくわからなくなってしまいましたね。