being qua being

情報的な何かと政治的な何か

早稲田大学の西原春夫先生講演会のメモ

昨年の11月25日に元早大総長の西原春夫先生のお話を聞く機会があったので記録する。
内容は要約かつ私の理解に基づいて記述しているため、実際におっしゃっておられた内容とはすこし異なるかもしれない。

西原春夫先生は、刑法学者として長年ご活躍され、早大総長を務めた後もアジア平和貢献センター理事長として、アジアの友好のために現在でも主に中国と日本で講演活動などを行っていらっしゃる。


まず、先生ご自身を振り返り大学生を前にして「年をとると失われた力、欲に隠されたものが現れてくる」と仰っていた。孔子は『子の曰く、吾れ  十有五にして学に志す。 三十にして立つ。  四十にして惑わず。  五十にして天命を知る。  六十にして耳順がう。  七十にして心の欲する所に従って、  矩を踰えず。』(為政編)と言ったが、若い時にあった活力、体力、欲というものが年をとるに連れて、それらに頼ること無く、自らの道を開いていくことのみで行動していくことができるようになるのかもしれない。


自らが何をすべきか、どうしたいか考えるときに必要なことは「歴史を学ぶこと」だと言う。ヨーロッパは長い歴史で戦争がどれだけの損害を生むかを学んできた。WW1の後に国際連盟を創設したものの、主要国アメリカが加盟せず、連盟が強制力を持たなかったため、結果としてWW2を止めることはできなかった。そのようなヨーロッパの歴史を学ぶことが、平和への道である。



マルクスは『人類の歴史は階級闘争の歴史』であると言ったが、近年のグローバル化が引き起こす問題について『農業中心政治経済機構と商工業中心政治経済機構の争いの歴史』である。TPPでの農業部門と商工業部門の争い、環境問題、資源問題などもその視点から見ると、まさに農業と商工業の歴史に当てはまる。


グローバル化について、あらたなる道具の開発がそれを加速させている。かつては珍しいものであるほど高く売れる。東洋のモノ、遠い場所から持ってくるだけで、土地を持たない人も食べていけるようになった。啓蒙−封建制の打破を生んだ市民革命は、市民の間の格差を広げ社会問題を生み出し一部の国では社会主義を導いたが、一方で外国からモノを運んでくる帝国主義を生み出し、戦争、植民地化を生じさせた。


一部の国は植民地を手に入れたのにもかかわらず、日本やドイツ、イタリアは資源を得ることができずに、また世界恐慌の余波を受けて世界各地で成立したブロック経済を作ることもできず、国民全体の苦しい状況が、社会問題として一部の過激政党を生み出し、植民地を持つ国、資源を持つ国への対抗としてWW2をはじめなければならない状況を生んだ。しかし、現在は大国同士の戦争はもうできない。ただ軍隊は国際警察力として残り、これには日本も参加しなくてはならないかもしれない。



・現在から出発すると物事を見誤る→歴史から見た大きな流れを見つける。すると21世紀は「アジアの時代」これは当然。

マックス・ウェーバープロテスタントは勤勉、節約するので商工業に向いていると分析した。しかし、アメリカはピューリタンの国のはず…なぜ資本主義が爆発したのか→ウォール街、ユダヤ人の存在抜きでは語れない。土地を持たないユダヤ人は商工業、頭脳で生きて行くしか道はなかった→ソ連、アメリカの宇宙開発、原子力の研究の中心。


アジアがさらに資本主義を発展させるためには儒教(アジア的資本主義)による資本主義の裏打ちをしなければならない。