being qua being

情報的な何かと政治的な何か

民主主義による経済発展と社会的効用

民主主義というのは経済発展をするにあたってすごい弊害だよね。他のアジア諸国は経済発展をするのに開発独裁の国ばかりなのにあんなにも成長してる。アジア経済危機という一時的な問題もあったけれど、韓国を初めとしてタイやフィリピンの発展は今でも続いてる。学生の意欲も高いし、賃金は安いし、日本の高度経済成長期よりも激しい競争をして、生きるためにせっせと働いている。

最初に経済がテイクオフするまで、誰かが強い指導力を行使できる国家ってとても重要な経済発展の要素だと思う。

戦後の日本も自民党の強い指導のもとに、アメリカみたいにもっと自由競争主義を徹底していたら、今よりもずっと高いGDPを得ることができて、アメリカと並ぶくらいの経済大国になってたかもしれないなんて思うこともある。*1

朝までニコニコ生激論 テーマ『民主主義2.1(夏)〜代議制の拡張可能性について〜』で、民主主義を改良する話しをしていました。
でも、民主主義自体が遅れたシステムのような気もしてくるんですよね。。
欧米、日本と不況の真っ只中ですが、中国は上手く行ってるわけですよね。
個人の幸福と経済状態というのは、密接に関連しているわけで、昨今の政治不信の根っこもだいたい経済不振のせいだったりします。
例えば、「東京の真ん中に空港を作ったほうが効率がいい」と判断したときに、巨大な羽田国際空港を作るから「大田区の土地持ちを引越しさせる法案」とか作って、お金を払って強制的に引越しをさせたほうが、経済的にも、効率がいいわけです。
普天間基地も近隣の住民にお金はらって引越しさせたほうが効率いいとか、デビ夫人も言ってましたし。
個人の権利を守って、大田区の土地持ち100人の幸せを追求するよりは、日本人1億人の幸せを優先するという考え方ですね。

http://hiro.asks.jp/70582.html


本当にそのとおりだと思う。決して人権やその他の権利を踏みにじるような独裁体制を肯定するわけではないけれど、効率的な経済開発・資源配分の視点から見ると、民主主義、私有財産制は弊害にしかならないよね。

それは国家権力に対して人権や権利を盾にすることができるから。もちろん憲法で認められている権利なのだから行使することは当然なんだけど…中国ですらついこの間、上海かどこかで立ち退きを求められた人が意地でも退かないと言う意思表示をして、中華人民共和国憲法を持ったおばさんの家がラピュタ状態になっていたのは記憶に新しいと思う。結局お金を多く払うことで譲歩したけど。

東京で都民の利便性や安全性を高めるための道路拡張工事が行われていても、立ち退きを迫ってもなかなかどいてくれない人に対して石原都知事は「ゴネ得だ。」と言うだろう。例え、立ち退きを求められている人以外、みんなの便益が上がるとしても、公共の福祉によって財産権は制限されるとしても、強制排除と言うのはなかなかできない。*2

だからとりあえず経済発展するためにはいかにコストをかけずに国が効率の良いシステムを作るかに掛かっているのであって、今の日本の制度上はもの凄くそういう意味では迅速な行動ができない悪いシステムの上に成り立ってる。*3


日本も明治維新の時代は幕府から天皇中心の立憲君主制に変わって、一国一城の主だった江戸時代から見ればより天皇中心の国政というのは、より権力を集中させることができたと言える。富国強兵策の指導は明治政府が積極的に行ったもので、そこには人権なんて言うものは無く、臣民の権利としていわば天皇の奴隷として働かせられたと言っても過言ではない。*4

ご存知の通り実際に指導をしていたのは天皇ではなくて、藩閥政治だったり、大正デモクラシーの時期には政党政治だったりするわけだけど、最終的に軍部が暴走したことによって侵略戦争を開始した。日清戦争で中国を打ち破ることができなのも、日本が政府の強い指導のもとに国民がまとまっていたからだと考えることも出来ると思う。

その頃の中国は清王朝に対して人民たちの下からの運動がとても盛んで、新しい政府を作ろうと運動を繰り返し、国民党、共産党といった結社によって内部闘争も大きくなっていた。すると到底日本に対抗するために国民をまとめる強い指導力を持つ政府が作れていなかった。


実は戦後日本も天皇の崇拝というのは続いていたし、天皇の存在が戦後復興の足がかりになっていた。その後も田中角栄を中心にした自民党御得意の金を集める政治が経済発展の原動力になり、内閣総理大臣が力強いリーダーシップを持つことができたと考えられる。

視点を海外に移して見ると、タイのタクシン元首相も、中国の毛沢東も、私欲のために政治を利用したとして非難の声も大きいが、なんだかんだで経済発展にはこの様な強権的な政治が経済的ないい結果を生み出した。韓国の60年代からの経済発展も朴正煕政権がきっかけとみてもいいだろう。

もちろん権威主義体制、開発独裁体制に失敗した国は沢山ある。アフリカに南アメリカ、ヨーロッパの軍事政権などは経済的にも政治的にも失敗している。


それでも、今のタイのように民主化に成功したにもかかわらず安定した政府指導力の行使ができない状況では、いくら市場経済を導入したとしても経済が停滞するのは当然だし、それよりかシンガポールや中国のように独裁とはいえ比較的安定している国のほうが外資としても都合がいい。

要するに下手に民主化するよりも政府が強い力を持っていて、速い決定が出来るほうがビジネスにとっては都合がいいのだ。


しかし、これを言ったところで「日本はシンガポールや中国のように政府がしっかり主導していかないといけない」という結論はナンセンスだし、「人権がない不自由な国は発展にも限度がある」という意見ももっともだ。

だから「日本もそういう政治をすべき」とは絶対に思わない。しかし、これ以上日本の政治に強いリーダーシップを求めるのは酷だと思う。どれだけカリスマなら日本が盛り上がるのだろう。小泉よりもインパクトなある人なんてそういるものじゃない。国民はリーダーが出てくるのを待ってるだけのお気楽気質である。

もはやリーダー、カリスマを脱して国を動かしていかなくてはならない。国民がリーダーとなって考えないとならないのだ。なのに、今のような「どの政党もダメだから」なんて言って興味を持たない。このようなままでは外国人に乗っとられてもおかしくないだろうし、乗っとられても文句をいう筋合いも無い。

北欧諸国のように経済発展を諦めて過ごしやすい国にするか、負けず嫌いのアメリカのように行くかと考えることもあるが、日本はどちらも達成不可能だと思う。だからこそ考えなければいけないのにそれを放置している。みんなが自分が生きているうちはどうにかなるだろうと思ってる。

サブプライムで見てきたように、阪神大震災が突然起こったように、いつこの世の中が崩壊するかなんて分からないのにその備えを使用としない。こんなにも財政赤字を垂れ流しているのに消費税の引き上げも実行できない。国民の顔色ばかり気にして、むしろしようとしない。


だから僕は、今の日本に独裁体制くらいインパクトのある政治が必要かもしれないなと思うのだ。

*1:所得分配があまり行われずに実力が賃金に素直に反映されるような社会。今より治安は悪くなったかもしれない。

*2:成田空港問題も同じことだし、沖縄の基地問題だってもしかしたらそうかも知れない。

*3:もちろん経済の面のみから国を考えた時のみの話

*4:野麦峠の話を聞いたことがあるだろうか