being qua being

情報的な何かと政治的な何か

グループディスカッションのリーダーは凡人がやることではない

就職活動でもグループディスカッションが選考に使われることが多くなってきたらしいのだけど、確かに企業にとっても合理的な選考方法で、複数の学生に話し合いをさせることでその場の協調性とか話し方とか考え方を、同時に複数人見ることが出来る画期的な面接方法だよね。

そこでは役割分担と言うのが暗に決められているらしくて、討論を仕切るリーダー、タイムキーパー、書記などの役職を最初に早い者勝ちで決めるらしい。

だけど、タイムキーパーと言うのはそもそもリーダーがやればいいし、皆が時間を意識して手短に自分の意見を伝えることが出来ればそこまで伸びることも無いはず。書記というのも各自メモ書き程度にアイデアを書き留めておけば良いだけじゃん。

リーダーというのも詰まっているようであれば参加者に話を回したり、時間を気にしながらまとめるといういわば司会者のような存在で、いわば雑用である。他の参加者が発言しやすいよう、会話が続くように対応するというのが役割なだけ。

だからリーダーだからエライというのは全く無くて、「〇〇さんはどうですか?」と聞かれるとついつい「私は〇〇だと思います。」などと一問一答形式で終わってしまい、リーダーは次の人の意見を求めるという形をつくってしまいがちだけどそれは失敗。むしろリスクとって無理に回すくらいならやらない方がいいんじゃないかと思う。

そういう一問一答方式の在り来たりのディスカッションって聞いてて面白くない。

アイデアが全く生まれないじゃない。自分の考えを発言する→みんなの意見をまとめるというのは当たり前の決め方のように思われるけど、本来はその会話の中から自分の意見を変えてくれる他人の意見を見つけ出すことにある。


だから、相手とガチンコ朝まで生テレビをする必要性は全く無くて、素直に相手の意見に賛同であれば、「〇〇さんの意見を聞いて〜」と自分で考えた根拠を足しつつ修正すること。それが大切なコミットメントになる。もちろん他の人の意見が全く参考にすらならないほどしょうもない議論に終始することもあるが、その時は全力でスルーしないと地雷を踏む事になる。

とにかくここぞと言うときに自分の意見があればいえばいい。無理に発言する必要はないし、たまにリーダーがとにかく回そうとして「〇〇さんはどうおもいます?」なんて聞いてくるけど、単に時間&他人つぶしにかかってるだけじゃない。

意見を拾えないリーダーほど見てて悲しくなるものはない。一般人は無理にリーダーなんてする必要はない。適切な例と数字を出しつつ自分の意見をまとめるために少し黙っててもいいから、ゆっくり考えて発言することに重きを置くべきだと思うんだけど。


※企業が見ているのは論理的で正しそうな回答を出せる人ではなくて、単にうちの会社に合いそうか見たいだけと言う意見。
それならマニュアル通りにやるのがベストでしょう。コンサルとか広告とか受けてる目立ちたがり屋の人だからといって変に目立つのは良くないよ。という自己反省も含めて書きました。いぶし銀的な働きも結構見てる人は居るもんです。だからリーダーになる必要は無いです。面接官の運ですけどね。もちろんもしみんなが消極的だったら進んで仕切る必要はあります。例え地雷でもそのくらいの覚悟は必要です。