being qua being

情報的な何かと政治的な何か

ロイターにある「変わりゆく中国の性」というピクチャーギャラリーが衝撃的

日本でもここまで開放的ではないような気がする。

ロイター:「変わりゆく中国の性」※閲覧注意
http://jp.reuters.com/news/pictures/rpSlideshows?articleId=JPRTR29SI7#a=1

女性向けの性情報誌や上海の学校でのバナナを使った性教育、天津の病院で行われた性転換手術、男性同性愛者の結婚、デリバリーの性サービスの摘発、北京のセックスプロダクトの販売店、香港での小学生向け性教育などなど日本でも表立って見ることの無いくらい過激な画像である。
香港・上海と本土を同じに見ることはできないが、天津や北京でも同じように、性に関してこんなにも開放的になっていることにとても驚いた。
日本においても保健体育の授業で教わることであるが、全て教科書に書いてあることを読むだけで、全くもって意味が無かったような気がする。特に重要であるHIV/AIDSに関しても、積極的に検査を受けることを進めているようには思えなかった。(保健所で無料で受けられますとしか言わない)
実際問題、保健所で匿名かつ無料で検査できることが一般的に知られてはいるものの、実際に保健所に行くと少し驚かれたり、手続きに手間取ったりするということを朝日新聞の投書で読んだことがある。やはり、他人に性について相談したりするのは勇気のいることである。無関心では無いものの積極的に自分を守るという意識が低いのかもしれない。「そんな恥ずかしいことするくらいなら死んだ方がマシよ!」と言わんばかり。

日本でもゲイの方が取り上げられることはたぶん中国と同じくらい少ないことのような気がする。(イタリアとかイギリスなんかはおかしいくらいに取り上げられるが)日本は先進国だからこういう差別になるような問題はそこまで抑圧されない国だ。と思っている人も多いかもしれないが、実際極めて差別的な扱いを受けることは容易に想像がつく。ほとんどの人はそのようなことは他人事であるかのように振舞う。だからHIVウィルスの保有者の人やゲイの人は、日本において普通の人扱いされていても生活上で白い目で見られることは非常に多い。

中国はこれから欧州のような性の考えとなるのだろうか、日本のような性の考えとなるのだろうか。それとも中国独自の性についての考え方を生み出すのだろうか。